FC2ブログ
カレンダー
プルダウン 降順 昇順 年別

12月 | 2020年01月 | 02月
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


FC2カウンター
カテゴリー
最近の記事
PVアクセスランキング にほんブログ村
プロフィール
アクセスランキング

ねこひげ

Author:ねこひげ
食欲:腹七分目
金銭欲:困らない程度にあれば良い。
物欲:その時両手で持てる量。
色欲:終わったなぁ… 
権力欲・名誉欲:いらないみたいです。
睡眠欲・写欲:これだけは絶対に外せません。これが楽しみで生きてます。
わがままなおっさんです。
どうぞよろしくお願いします!

RSSフィード
はてなRSSに追加
livedoor Readerに追加
My Yahoo!に追加
Googleに追加
goo RSSリーダーに追加
Bloglinesに追加
Technoratiに追加
PAIPOREADERに追加
newsgatorに追加
feedpathに追加
Powered by SEO対策 RSSプラス
RSSリンクの表示
こっちも見てって!
ブログパーツ
おこしやす
アクセスランキング
Special Thanks
リンク
ブログ内検索
ありがたいコメント
URLのご記入をお願いします。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

By FC2ブログ

PING送信プラス by SEO対策

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ

最近のトラックバック

別海村営軌道風連線奥行臼停留所跡.

昨日からの雨が上がり青空が広がり気温も12℃台へ。
2~3日は天候に恵まれそうです。
本日もお越しいただきありがとうございます。

今日も7ヶ月前の画像で別海町指定文化財。
別海村営軌道風連線奥行臼停留所跡です。
20190521_4788_4201.jpg

別海村営軌道は村営簡易軌道。
もともとは厚床駅から中標津に至る馬力!による殖民軌道の路線でした。
戦後も馬力に頼っていたものの軌道を強化し機関車・自走客車の導入。
1963年には始発を奥行臼駅に変更し上風連小学校まで開業しました。
旅客輸送や牛乳などの貨物輸送に従事していました。
しかし急速な道路整備に伴い1971年には廃線を迎えました。
僅か8年間の短い歴史だったという・・・。
20190521_4789_4202.jpg

t自走客車
北海道開発局独自の用語でつまりはレールバス(気動車)の事です。
エンジンはバス用の日野DS22を搭載し
液体式の変速機と温風暖房を備えたボギー車です。
通学などの沿線住民の足となり活躍したそうです。
20190521_4790_4203.jpg

昭和38年11月に釧路製作所で製造されました。
20190521_4795_4229.jpg

内燃機関車とミルクゴンドラ車
トラック用エンジンの三菱ふそうKE-21を搭載した
昭和36年6月製の加藤製作所製6tディーゼル機関車。
ミルクゴンドラ車やミルクタンク車、さらには貨車を牽引したそうです。
後方の貨車は農家から集めた集乳缶を集乳工場へと運ぶための
2軸ボギー木製無蓋貨車で釧路製作所製です。
20190521_4791_4216.jpg

転車台の跡も残っていました。
20190521_4794_4226.jpg

奥には機関庫らしき建物がありました。
覗きたい衝動に駆られましたが雨上がりなので躊躇してしまいました。
見て来ておけば良かったと後悔しています。
20190521_4796_4227.jpg

駅舎詰所。
当時のままの姿を留める物悲しい姿に視線は釘付けとなりました。
道路側の扉から中に入れるのでお邪魔する事に。
20190521_4792_4220.jpg

パネルやジオラマが展示されていました。
20190521_4798_4209.jpg
20190521_4799_4210.jpg
20190521_4800_4211.jpg
20190521_4797_4213.jpg

入り口のガラスには構内配線図がありました。
20190521_4793_4224.jpg
ご覧いただきありがとうございました。
撮影や更新リの励みになります。
お帰りの際には、ポッチっと「愛の一押し」お願い致します。
鉄道コム
またのお越しをお待ちしております。

テーマ:鉄道写真
ジャンル:写真

タグ:別海村営軌道 風連線 奥行臼停留所跡.

遺構 日光鋼索鉄道線

予報通り雨が降りましたが降水量0mm。
路面や車が濡れただけのお印程度のものとなりました。
本日もお越しいただきありがとうございます。

12月に入り大掃除の時期となりました。
ブログの中のすす払い(下書き)をする事にしました。
中には時季外れもモノが出て来るかと思いますがお付き合いください。
先ずは紅葉の時期に訪れた日光です。

明智平駅と展望台駅を結ぶ300mの明智平ロープウェイ
奥日光地域における唯一の鉄道路線となっています。
20191022_4634_7167.jpg


栃木県日光市の馬返駅から明智平駅を結んでいた東武鉄道の鋼索鉄道.。
馬返駅で日光軌道線と連絡する形で運行されていました。
明智平駅舎は明智平パノラマレストハウス(ドライブイン)を併設していました。
20191022_4635_7174.jpg


その跡地に整備されていた展望スペースが完成し
日光市街やケーブルカーの線路跡を眺められる展望スペースとなっています。
20191022_4637_7178.jpg

ご覧いただきありがとうございました。
撮影や更新リの励みになります。
お帰りの際には、ポッチっと「愛の一押し」お願い致します。
鉄道コム
またのお越しをお待ちしております。

テーマ:鉄道写真
ジャンル:写真

タグ:遺構 日光鋼索鉄道線 明智平 ロープウェイ

タウシュベツ橋梁 来春も現存するのか?

朝の気温も15℃を下回りめっきり秋らしくなりました。
ソメイヨシノと琉球朝顔が咲く庭もありますが…。
本日もお越しいただきありがとうございます。

今日は5ヶ月前の”昭和の面影を求めて北海道へ”の画像。
”タウシュベツ橋梁”です。
目論見ではもう少し早く掲載できなるかと思っていましたが、
今日になって完全水没したとの"ひがし大雪自然ガイドセンター"のツイート。
平年より3ヶ月遅いとの事でした。

数年前から崩れる崩れる詐欺と言われていると話をするガイドのK田さん。
またお会いして説明を聞きたいものです。
20190523_4584_4502.jpg

この姿を見ると納得できますね。
20190523_4582_4498.jpg

本流の音更川の細い流れに姿を映すタウシュベツ橋梁。
風が吹き水面が漣が立っているのが悔やまれました。
20190524_4588_4664.jpg

青空に残雪残るニソペツ山(右手)とウペペサンケ山。
ダム建設に伴って切り出された彩に残った切り株。
20190523_4585_4462.jpg

穏やかな小川のように流れるタウシュベツ川
実際は暴れ川と言う。
20190524_4589_4690.jpg

崩れかけたアーチの一部と腐る事が無いと思われる切り株。
タウシュベツ川の水面がキラキラと光っていました。
20190524_4591_4729.jpg

曲線を描いて道床が続いているように見えた旧線。
20190523_4586_4509.jpg

旧糠平駅から喘ぎながらやって来るSLの風景を見たかったですねぇ。
来年もこの姿が見られる事を信じ航空券を買ってしまいました。
20190523_4587_4512.jpg


ご覧いただきありがとうございました。
撮影や更新リの励みになります。
お帰りの際には、ポッチっと「愛の一押し」お願い致します。
鉄道コム
またのお越しをお待ちしております。

テーマ:鉄道写真
ジャンル:写真

タグ:士幌線 タウシュベツ川橋梁 水没 廃線 タウシュベツ川

廃駅 標津線奥行臼駅

今日から9月。
夏と秋の境目とした季節となりました。
今月もよろしくお願いいたします。

月初めから”昭和に面影を求めて北海道へ"より標津線奥行臼駅です。
タンポポが咲き長閑な駅。
いくら待ち続けても列車が来る事はない廃駅
当時の奥行臼駅を知らない方でも受け入れられるかと思うのですが。
20190521_4425_4232.jpg

駅舎横に建てられた説明蘊蓄板。
文字がかすれて読めないのは加齢のせいじゃないよね⁉
20190521_4433_4238.jpg

当時のままの改札口です。
そこにはスタンプ2種類・アンケート用紙・訪問者記帳ノートがありました。
また窓口上の駅名版は駅舎入り口上にあったものですね。
20190521_4426_4235.jpg

続いては運賃表です
夢を壊すようで申し訳ないが奥行臼駅発の運賃表ではなさそうです。
西春別まで80円の運賃はいつの年代だ?と首を傾げる金額。
ちなみに廃止年の地方交通線の初乗り(1km~3km)は140円でした。
20190521_4434_4230.jpg

奥行やt標津線の栄枯盛衰を見届けた木製ベンチ。
チョット寂しげに感じました。
では扉を開けてホームに出てみましょう。
20190521_4427_4237.jpg

構内踏切があった階段を上がり振り返ると。
あれ?記憶違いか琺瑯製の駅名版があったような気がするのですが…。
でも懐かしさを感じました。
20190521_4431_4246.jpg

駅舎と傾いてしまった駅名標に木製の電柱。
当時は斜めの支え棒(支柱)がありましたねぇ。
20190521_4429_4242.jpg

レールの骨組みと枕木の壁でできた堅固な倉庫
当たり前の事だが財産標は撤去されていました。
20190521_4428_4240.jpg

林の中からトコトコとキハ22の単行がやって来そうな雰囲気が十分あります。
(腕木式信号機が停止現示だから来ね~よ!と言う突っ込みはナシで)
三本の真ん中が本線で右側は廃止後に復元された貨物引込線です。
そして左側は本線には繋がっていないダミーの引込線です。
矢羽根付き転轍機標識の先でうまい具合にカモフラージュしてNice!です。
20190521_4430_4243.jpg

33年前の根室標津発厚床行き328Dの車内から撮影した傷んだコマより。
駅舎とホームの間の貨物引込線や改札脇の木製ベンチはありませんし
駅名標左奥に見える建物には財産標らしきものが見えます。
途中下車しておけば良かったなぁ…。
19861106_0074.jpg


ご覧いただきありがとうございました。
撮影や更新リの励みになります。
お帰りの際には、ポッチっと「愛の一押し」お願い致します。
鉄道コム
またのお越しをお待ちしております。

続きを読む

テーマ:鉄道写真
ジャンル:写真

タグ:廃駅 標津線 廃線 奥行臼駅 腕木式信号機 倉庫

根釧台地に残る開拓の跡 ~浜中町簡易軌道跡~

8月も今日で終わりですね。
じりじりした暑さよりムシムシした暑さの夏だった気がします。
本日もお越しいただきありがとうございます。

本格的な秋になる前に5月に回った”昭和に面影を求めて北海道へ"より。
茶内駅から車で5~6分の所にある浜中町簡易軌道跡。
この場所は”ふれ茶内(ちゃう)館”のカギをを管理している店主が
軌道跡があるから時間があったら立ち寄って見たらと勧めていただきました。
事前に浜中町簡易軌道跡をトレースしていたので直ぐに分かりました。
根釧原野に今でも残る浜中町簡易軌道跡に出会う事ができました。
20190521_4465_4189.jpg

茶内駅を起点に路線延長が最長だった時の路線距離は
秩父内-上風蓮間13.4kmの円朱別線。
茶内-西円朱別間13.0kmの茶内線。
中茶内-別寒辺牛間7.7kmの若松線の三路線があったそうです。
画像奥が茶内駅・手前が上風連・西円朱別・別寒辺牛方面。
この看板の奥に停留所がありました。
20190521_4466_4190.jpg

おや!?森林で覆われた所にブロック造りの建物がありますねぇ。
これは秩父内駅があった当時の詰所との事です。
良くもまぁこの建物が残っていたなと感じました。
20190521_4464_4188.jpg

茶内駅の北側にある空き地。
各酪農家から集まった集乳缶は貸車に積まれ集められ
雪印乳業茶内工場や明治乳業茶内集乳所へ運ばれていました。
当時の雪印乳業茶内工場はタカナシ牛乳北海道工場へと変わりましたが
正面に見える高い建物が工場で当時を知る生き証人です。
また”浜中町ふるさと広場”にディーゼル機関車(釧路製作所製)と
自走客車の台車が保存されています。
失念して次の訪問地に向かってしまったのを今でも悔やんでいます。
20190521_4467_4178.jpg

ご覧いただきありがとうございました。
撮影や更新リの励みになります。
お帰りの際には、ポッチっと「愛の一押し」お願い致します。
鉄道コム
またのお越しをお待ちしております。

テーマ:鉄道写真
ジャンル:写真

タグ:浜中町簡易軌道 根釧台地 茶内駅 秩父内駅 詰所 廃線