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ねこひげ

Author:ねこひげ
食欲:腹七分目
金銭欲:困らない程度にあれば良い。
物欲:その時両手で持てる量。
色欲:終わったなぁ… 
権力欲・名誉欲:いらないみたいです。
睡眠欲・写欲:これだけは絶対に外せません。これが楽しみで生きてます。
わがままなおっさんです。
どうぞよろしくお願いします!

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津軽の海よ!さ よ う な ら

renrakusen0918.jpg

6月3日から始まった復活運行を行った青函連絡船。とうとう108日目の9月18日14時15分4便の運行を迎え、この日の海況は穏やかでしたが、心の中は何とも言い難い心境で目頭に熱いものを感じ色々な思いと共に函館を出港しました。
やがて、乗船名簿をクジにした抽選会があり、当たるとタオルセットが貰えました。色はオレンジとブルーの2枚一組で、『ラストコール連絡船 思い出こめて海峡を行く』と書かれ、オレンジには十和田丸・ブルーは羊蹄丸が描かれていました。クジは見事に外れましたが、一緒に行った彼女が当たり今日の記念にとブルーのタオルを…。
オイラの家宝となりました。
その後ブリッジの見学をしたり、連絡船の無線を聞いたりして限られた時間を過ごし、海峡の中ほどで、青森を出た3便羊蹄丸が逆光のシルエットとなり、お互いの船がゆっくりと名残を惜しむようにすれ違う姿を、数多くの乗船客がデッキで最後のすれ違いを見送り、やがて日が沈みアスパムや青森の明かりが見えると程なく青森港に接岸。
これで渡道の旅の楽しみがまたひとつ消え去る事に…!

連絡船廃止20年の節目で、記憶を辿り書き出してみました。
画像はありませんが、後日載せたいと思っています。
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テーマ:鉄道
ジャンル:趣味・実用

タグ:青函連絡船復活運行

今日のわ鐵

s-DSC_3616.jpg

44日ぶりにサロンの運転がありました。
単独行動が多いのですが、今日はマナカのパパさんと。この二人が揃い大間々以北に向かうと、何故か天候が…良くないんです。台風13号が前線を刺激して本降りになるとの天気予報。濡れる覚悟は出来ていますが、露出が厳しそうです。
HMを取り付け営業運転の準備中です。

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テーマ:鉄道写真
ジャンル:写真

タグ:サロン・ド・わたらせわたらせ渓谷鉄道

三セクになる前に・宮津線

1986年9月18日(木曜日)国鉄最後のダイヤ改正まで残り44日。
西舞鶴駅近くの宿でも良かったのですが、撮影前に由良川橋梁がどんなものか知りたくて、前夜は天橋立駅に近い宿に宿泊。朝食を摂らない日々が長く続いたのですが、前日から運動量が増えたので、この日の朝からきちんと摂るようにしました。

19860918_0507_2
<313D キハ47-0+キハ47-1000×2>
丹後由良駅に荷物を置き歩く事約15分・・由良川左岸に到着しました。普段から多く目にするトラス橋とは違い、上路式プレートガーダーで構成された径間数24・全長551mの由良川橋梁。これを大正13年に完成させたの先人の方々に頭を下げながら、さてさてどこらか撮ろう?。線路を挟んだ上流側は順光で日本海をバックに手すり等付き・下流側は連なる山々をバックに逆光ぎみ。その日のうちに、両側から撮れば悩む事はなのですが、当時は、また来れば良いや!と思ったのだろう。と手っ取り早く下流側に落ち着きました。未だに、後でとお化け状態です。

19860918_0557
<926D>
西舞鶴で敦賀9:09発急行わかさ2号(4906D)と併結して、急行丹後6号(906D)として京都を目指します。宮津線内は、普通列車として運転されていました。

19860918_0510
<キハ47-1000+キハ47-0+キハ47-1000>
西舞鶴7:48発丹後山田8:46着327Dの折り返し、丹後山田10:39発西舞鶴11:57着の330D

19860918_0563
<あさしお3号 13D>
シグマ600mm f8.0 ミラーレンズで、由良川橋梁を渡り始めた『あさしお』を狙ってみました。

19860918_0513
<あさしお3号 13D>
画像の出来栄えはどうあれ、由良川橋梁を渡るキハ181の姿を見る目的が果たせました。さて駅に戻るか・・。

19860918_0517
キハ58-563
駅に到着して水分補給をしていると、間もなくすると鉄橋を渡る音がし、新大阪8:54発天橋立12:93着急行丹波1号(711D)が通過して行きました。ちなみに7月20日~8月20日は、丹後由良停車(12:21発)で運転されていました。

19860918_0520
急行丹波が通過してから16分後、今度は京都10:26発網野着13:42急行丹後1号(901D)が、今まさにタブレットキャチャーがタブレットをすくい取ろうとしています。こちらも7月20日~8月20日は、丹後由良停車(12:21発)で運転されていました。今更ながら疑問に思ったことが・・、330Dが丹後由良でタブレットを渡すと、下り方(宮津方面)の安全は確保できる。この後、この駅を通る下り列車は、13D・711D・901D・333Dと4本続き、その間に上り列車は1本も来ない。さて、どう言う閉塞方法だったのだろか?

19860918_0528
キハ181-16 7D>
丹後由良から普通列車で2時間ほど揺られ豊岡に到着。それと同時に特急まつかぜ3号米子行きも到着。乗り換え時間は2分。7年2か月前はキハ82系だった車両もキハ181系に変わり、このダイヤ改正で消える事に。懐かしさもありお名残乗車で浜坂駅まで乗る事にしました。乗車時間50分弱で浜坂駅に到着。程なくしてあさしお8号が発車してしまい、並びは撮れませんでした。

19860918_0533
<528レ>
お名残乗車したまつかぜ3号は、居組駅でDD51に牽引された旧型客車4両を連結した826レと列車交換。木の床板・木枠のシート・見回す限りほとんどが木を使った客車内。木のぬくもりを感じながら、今来た道を揺られる事15分餘部駅に到着しました。思えば昭和54年に一度だけ特急『まつかぜ』で通過しただけで、いつの日か訪れたいと思っていながら、7年後の9月18日に降り立つ事が出来ました。餘部駅下車後すぐさまお立ち台に行き、乗って来た列車の撮影です。
当時余部橋梁下の集落に民宿がある事を知らず・・
19860918
余部YHに宿泊です。

amanohashi_20080916104357.jpg miyadu_20080916104409.jpg tangoyura1.jpg 

toyooka1.jpg
ワイド周遊券のエリア内なので、特急の自由席は無料なのですが、
宮津線(現北近畿タンゴ鉄道)に乗った列車番号が3並びの333Dなので記念に買ってみました。

---------------------------------足跡----------------------------------
天橋立10:10(926D)⇒丹後由良10:31/12:56(333D)⇒豊岡14:50/14:52(特急まつかぜ3号/7D)⇒浜坂15:40/16:05(528レ)⇒餘部16:20

前日まで本日乗車分積算距離
民営鉄道90.5km0km90.5km
国鉄線648.4km144km792.4km
乗車距離738.9km144km882.9km


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