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根北線 第1幾品川橋梁(越川橋梁)

昨日の蒸し暑さから一転薄い上着を羽織る陽気に。
今日は晴れ間が出る予報じゃなかったかな?
本日もお越しいただきありがとうございます。

ちょうど2年前の今日訪れた第1幾品川橋梁の続きです。
前回は幾品川を渡った根室標津側の越川橋梁をご覧いただきました。
今回は根北線の終着駅だった越川駅側(知床斜里駅側)の姿をご覧ください。

第一幾品川橋梁を背にし越川駅(知床斜里駅)方面を望みます。
越川駅からの路盤(計画線)は直進したのち右にカーブしながら正面に見える一本のシラカバの左側に見える木々の隙間から顔を出したのだろう。
20190522_4417.jpg

1949年9月14日に撮影された米軍の空中写真では築堤が確認できます。
USA-R3210-7.jpg
<出典:国土地理院地図・空中写真閲覧サービスより>

林道に設置してあるゲートを開けると直ぐに目に付く小川に残る伏樋。
20190522_4411.jpg

不法投棄された2層式洗濯機からこの伏樋の長さから考えると、
第一幾品川橋梁(越川橋梁)を渡るために高い盛土にする予定だったのでしょう。
20190522_4413.jpg

この林道は根北線の路盤の一部です。
この先林道は左に折れてしまいますが延長線上には木々の隙間が見えます。
20190522_4415.jpg

築堤となる部分は今でも手入れされいるのいでしょうか?
その痕跡はハッキリわかります。
20190522_4409.jpg

出たぁ~!
巨大コンクリートアーチ橋が出現しました。
焦る気持ちを抑え更に進んでみました。
20190522_4408.jpg

ついに越川側の取り付け部に立つ事ができ感無量です。
20190522_4403.jpg

幾品川右岸は中ほどまでコンクリートで護岸されていました。
覚束無い足場ながら何とか木の枝を頼りにコンクリート上部に到達。
一歩間違えば雪解け水が流れる深みのいある幾品川にドボン!の危険性。
足を踏ん張り左手で木の枝を持ち右手にカメラと言う姿。
そこまでした撮りたいのかぁ~との言葉が聞こえて来そうですが…
痛い目を見なと分からない〇〇に付ける薬はないようです。
20190522_4405.jpg

戦前に突貫工事で建設されと言う第一幾品川橋梁。
折しも鉄不足のために竹を使った竹筋になっているとも言われています。
また、この工事は強制労働によって行われ何人ものタコが人柱にされ埋められているとの証言があり、調査ではピア(橋脚)のコンクリートの中に空洞部があったと言う。
全長147m、高さ20mの10連アーチ橋は当時のコンクリート建築技術を伝える建造物として、そして戦時下の過酷な労働を伝える歴史遺産としても貴重なものです。
合掌
20190522_4404.jpg
掲載した画像は2019年5月22日に撮影しました。
訪問の際は最新の情報をご確認の上おでかけ下さい。

おさらい
国鉄根北線とは…
改正鉄道敷設法別表第149号に規定する「根室国厚床付近ヨリ標津ヲ経テ北見国斜里ニ至ル鉄道」として盛り込まれた路線のうち標津線として開業した区間を除いた斜里駅(知床斜里駅) ~ 根室標津駅間にあたる全長およそ57 km の計画路線でした。
根北線は根室国と北見国を結びオホーツク海沿いの斜里の森林開発、入植地の拡大、農産物の輸送のため大正11年に建設が決定した路線。
昭和6年の満州事変の勃発で北海道防衛の気運が盛り上がり、
昭和12年に建設が予算化され昭和13年に建設が始まりました。
昭和16年になると太平洋戦争戦争の激化による物資の不足で工事は中断。
昭和32年に斜里駅〜越川駅(斜里駅〜以久科駅〜西二線仮乗降場〜下越川駅〜十四号仮乗降場〜十六号仮乗降場〜越川駅/12.8km)が開通。
未完成の予定部分は上越川駅〜瑠辺斯駅〜糸櫛別駅〜古多糠駅〜浜古多糠駅〜忠類駅〜根室標津駅の6駅。
国道244号の整備により昭和45年に廃線となりました。


ご覧いただきありがとうございました。
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鉄道コム
またのお越しを、お待ちしております。
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テーマ:鉄道写真
ジャンル:写真

タグ:越川橋梁第1幾品川橋梁コンクリートアーチ人柱