Sensuous 1957-7
7月も中旬と言うのに今朝は18℃を切りタオルケットだけでは肌寒い朝でした。
今年の夏は平年より高温傾向との予測なので一気に暑くなるのでしょうか?
本日もお越しいただきありがとうございます。
今日は箸休めで昨年5月の画像です。
コンクリートに刻まれた1957-7の文字。
何を意味するのかと言うと1957年11月10日に開業し
赤字83線選定時に廃止になった根北線を取り上げてみたいと思います。
昭和45年11月30日で使命を終え12月1日からはバス転換となったローカル線。
簡単に根北線の歴史を振り返ってみたいと思います。
オイラが根北線を知ったのは鉄道ジャーナル1971年2月号の
巻末近くの消えた”さいほくの鐡道”だったと記憶の底に…。
なにせ小学校生の時だったので曖昧な記憶です。
その時から第一幾品川橋梁(越川橋梁)を含め一度は見ておきたいと。
それから半世紀近く経った2019年に目にすることができました。

続きがあります。
廃線跡に興味がございましたら追記にお進みください。
ご覧いただきありがとうございました。
撮影や更新リの励みになります。
お帰りの際には、ポッチっと「愛の一押し」お願い致します。

またのお越しをお待ちしております。
今年の夏は平年より高温傾向との予測なので一気に暑くなるのでしょうか?
本日もお越しいただきありがとうございます。
今日は箸休めで昨年5月の画像です。
コンクリートに刻まれた1957-7の文字。
何を意味するのかと言うと1957年11月10日に開業し
赤字83線選定時に廃止になった根北線を取り上げてみたいと思います。
昭和45年11月30日で使命を終え12月1日からはバス転換となったローカル線。
簡単に根北線の歴史を振り返ってみたいと思います。
オイラが根北線を知ったのは鉄道ジャーナル1971年2月号の
巻末近くの消えた”さいほくの鐡道”だったと記憶の底に…。
なにせ小学校生の時だったので曖昧な記憶です。
その時から第一幾品川橋梁(越川橋梁)を含め一度は見ておきたいと。
それから半世紀近く経った2019年に目にすることができました。

続きがあります。
廃線跡に興味がございましたら追記にお進みください。
ご覧いただきありがとうございました。
撮影や更新リの励みになります。
お帰りの際には、ポッチっと「愛の一押し」お願い致します。

またのお越しをお待ちしております。
根北線があった場所は一部埋め立てられ駅職員の駐車場となっています。
その手前は当時のままなんでしょうね?
貨物ホームが残っています。

JA斜里町駐車場側の構内跨線橋付近の壁に刻まれた1957-9の文字

根北線は直進し廃線後は前方の道路に転用されましが
位置的に元の路盤は知床半島に向かう左車線ではないでしょうか?
また場内信号機の向こうに何やら立っているのは転轍機の残骸でしょうか!?

第一幾品川橋梁に向かう前に知床博物館へ立ち寄りました。

入園料300円を支払い進んだ先は…
越川駅が存在した証となる唯一の駅名標です。
その下のナンバープレートは1974年10月12日に廃車されたC58形392号機。
そして殖民軌道(簡易軌道)斜里線のレールも展示されていました。

Nゲージで再現された斜里駅構内。
線路配置に興味を持ちつつ入園料以上の収穫がありました。

東四線放水路から分岐した小川にかかっていた根北線の橋梁跡。
橋梁名は分からないが道道92号斜里停車場線に架かる橋梁名は護憲橋。
道道92号の路線長は実延長で2191mとの事です。
起点は名の通り知床斜里駅です。
ちなみにこの小川はオホーツク海に注ぐ前に飽寒別放水路となります。

斜里駅(知床斜里駅)の橋台です。
そこに刻まれた刻印の一部が欠損しています。

越川駅側の橋台。
築堤の一部が残りシラカバなどの木々が廃線後の歳月を物語っていました。

続く。
次回は第一幾品川橋梁へと進みます。
ご覧いただきありがとうございました。
撮影や更新リの励みになります。
お帰りの際には、ポッチっと「愛の一押し」お願い致します。

またのお越しをお待ちしております。
その手前は当時のままなんでしょうね?
貨物ホームが残っています。

JA斜里町駐車場側の構内跨線橋付近の壁に刻まれた1957-9の文字

根北線は直進し廃線後は前方の道路に転用されましが
位置的に元の路盤は知床半島に向かう左車線ではないでしょうか?
また場内信号機の向こうに何やら立っているのは転轍機の残骸でしょうか!?

第一幾品川橋梁に向かう前に知床博物館へ立ち寄りました。

入園料300円を支払い進んだ先は…
越川駅が存在した証となる唯一の駅名標です。
その下のナンバープレートは1974年10月12日に廃車されたC58形392号機。
そして殖民軌道(簡易軌道)斜里線のレールも展示されていました。

Nゲージで再現された斜里駅構内。
線路配置に興味を持ちつつ入園料以上の収穫がありました。

東四線放水路から分岐した小川にかかっていた根北線の橋梁跡。
橋梁名は分からないが道道92号斜里停車場線に架かる橋梁名は護憲橋。
道道92号の路線長は実延長で2191mとの事です。
起点は名の通り知床斜里駅です。
ちなみにこの小川はオホーツク海に注ぐ前に飽寒別放水路となります。

斜里駅(知床斜里駅)の橋台です。
そこに刻まれた刻印の一部が欠損しています。

越川駅側の橋台。
築堤の一部が残りシラカバなどの木々が廃線後の歳月を物語っていました。

続く。
次回は第一幾品川橋梁へと進みます。
ご覧いただきありがとうございました。
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またのお越しをお待ちしております。
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