譲って貰ったトワイライトEXPの寝台券
今から19年前の1990年(平成2年)の新年を、旅先の大沼で迎えました。’86年に道内の定期運用から離れた80系気動車が、年末年始も4両編成「臨時北斗」で細々と動いているので、往年の姿は色褪せてしまいましたが雪景色を走る姿を納めていなかったので、この年も渡道しました。他の路線に行けば7両前後の「ひだ・南紀」が撮れたのですが…。

(この時の消費税は3%だったんですねぇ!)
大沼の宿(イクサンダー大沼YH)で知り合った方と話をしていると、 トワイライトEXPの乗車日を変更し、滞在日程を増やしたいので、明朝払い戻しをしなくては…の事でした。乗車変更の方法を勧めたのですが、帰る日の空席は既に無く自由席を狙うので、30%の手数料がかかってしまうけど仕方がないと半ば諦めていたようでした。1989年7月21日に運転を開始し、当初はツアー客用のみの団体専用列車。一般には寝台券は販売されなかった。そして、その年の12月に臨時列車に変更し、寝台券の一般販売を開始しました。この当時は、コンパートメントとは言え入手し難い寝台券でした。座席番号を見せて貰うと偶数番。どうやら海峡線以外は進行方向を向く座席。このチャンスを逃すといつ乗車できるか分からないので譲って貰う事にしました。そして、帰宅する日が早まった事を宿の方に伝え、前払いしておいた宿泊費の残り2日間をキャンセル料として受け取っていただきました。

この時期の大沼公園駅には、午前中の下り特急は停車しないので森か函館に出るしか方法がないので、普通列車の本数が多い上り列車で函館に出ました。この時は都区内から周遊券を使っていたので、復路のルートが変わってしまう。札幌駅近くのJTB(この時は未だ日本交通公社の商号)に行き乗車券の手配し遅めの昼食を済ませホームに上がると、既に列車は入線を済ませていました。さて、これから先どんな事が起きるのかワクワクドキドキ楽しみでした。

(この時の消費税は3%だったんですねぇ!)
大沼の宿(イクサンダー大沼YH)で知り合った方と話をしていると、 トワイライトEXPの乗車日を変更し、滞在日程を増やしたいので、明朝払い戻しをしなくては…の事でした。乗車変更の方法を勧めたのですが、帰る日の空席は既に無く自由席を狙うので、30%の手数料がかかってしまうけど仕方がないと半ば諦めていたようでした。1989年7月21日に運転を開始し、当初はツアー客用のみの団体専用列車。一般には寝台券は販売されなかった。そして、その年の12月に臨時列車に変更し、寝台券の一般販売を開始しました。この当時は、コンパートメントとは言え入手し難い寝台券でした。座席番号を見せて貰うと偶数番。どうやら海峡線以外は進行方向を向く座席。このチャンスを逃すといつ乗車できるか分からないので譲って貰う事にしました。そして、帰宅する日が早まった事を宿の方に伝え、前払いしておいた宿泊費の残り2日間をキャンセル料として受け取っていただきました。

この時期の大沼公園駅には、午前中の下り特急は停車しないので森か函館に出るしか方法がないので、普通列車の本数が多い上り列車で函館に出ました。この時は都区内から周遊券を使っていたので、復路のルートが変わってしまう。札幌駅近くのJTB(この時は未だ日本交通公社の商号)に行き乗車券の手配し遅めの昼食を済ませホームに上がると、既に列車は入線を済ませていました。さて、これから先どんな事が起きるのかワクワクドキドキ楽しみでした。
お昼を食べて乗車したものの、ダイナープレヤデスの予約が出来ないので、今夜の夕飯を心配しなければなりません。
道内最後の停車駅洞爺で相席の人とキオスクに駆け込んではみたものの、いくら声を掛けても販売員の姿がない。お菓子すら買えず発車のベルが鳴り響く!明日の朝まで食べるものが無く、無情にも「走る牢獄」となるのだろうか!?心配になったので車掌に聞いてみると、数に限りがあるものの弁当の車内販売があるとの事なので、気持ちが楽になり車窓を楽しむ事ができました。

夜も明けきらぬ新津駅。

どこの駅だか忘れてしまいました。

札幌を出て20時間。敦賀駅に到着しました。
終点大阪まで2時間を残す所まで来てしまいました。

有名撮影地の新疋田カーブ。
今ではカーブの内側での撮影は、諸事情で自粛のようです。
最後尾のカニ24(荷物車兼電源車)の車掌室から撮ったものです。
もちろん車掌さんに立ち入りの許可をいただき立会いの下撮影しました。

シャワーを浴びるかどうかで旅気分も違ってきます。

多くの経由線を書かれている切符です。
この先予定が待っているので、運賃を安くするために最長切符と山科-大阪往復と東青森-木古内を作って貰いました。

全線乗車した満足感を胸に、新大阪らか新幹線で東京駅に向かい、その足で上野に出て、北斗星5号のソロに乗り再び北海道へ。

ソロ用のカードキーだったと!?思います。

今夜もお風呂に入れません。

今回の楽しみ。北斗星のロイヤルに乗る事でした。おせち料理の変わりにグランシャリオにディナーを予約したので、
この日の夕飯は心配はありません。

こちらはロイヤルとソロのデザインが一緒になったカードキー。
道内最後の停車駅洞爺で相席の人とキオスクに駆け込んではみたものの、いくら声を掛けても販売員の姿がない。お菓子すら買えず発車のベルが鳴り響く!明日の朝まで食べるものが無く、無情にも「走る牢獄」となるのだろうか!?心配になったので車掌に聞いてみると、数に限りがあるものの弁当の車内販売があるとの事なので、気持ちが楽になり車窓を楽しむ事ができました。

夜も明けきらぬ新津駅。

どこの駅だか忘れてしまいました。

札幌を出て20時間。敦賀駅に到着しました。
終点大阪まで2時間を残す所まで来てしまいました。

有名撮影地の新疋田カーブ。
今ではカーブの内側での撮影は、諸事情で自粛のようです。
最後尾のカニ24(荷物車兼電源車)の車掌室から撮ったものです。
もちろん車掌さんに立ち入りの許可をいただき立会いの下撮影しました。

シャワーを浴びるかどうかで旅気分も違ってきます。

多くの経由線を書かれている切符です。
この先予定が待っているので、運賃を安くするために最長切符と山科-大阪往復と東青森-木古内を作って貰いました。

全線乗車した満足感を胸に、新大阪らか新幹線で東京駅に向かい、その足で上野に出て、北斗星5号のソロに乗り再び北海道へ。

ソロ用のカードキーだったと!?思います。

今夜もお風呂に入れません。

今回の楽しみ。北斗星のロイヤルに乗る事でした。おせち料理の変わりにグランシャリオにディナーを予約したので、
この日の夕飯は心配はありません。

こちらはロイヤルとソロのデザインが一緒になったカードキー。
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